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東京高等裁判所 平成元年(行コ)75号 判決 1993年9月28日

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  控訴人山家和子を除くその余の控訴人らの本件控訴を棄却する。

二  本件訴訟のうち控訴人山家和子の請求に関する部分は、平成五年八月一〇日同控訴人の死亡により終了した。

三  控訴費用は控訴人山家和子を除くその余の控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人東京都豊島区長に対する請求

(一) 被控訴人東京都豊島区長が同区東池袋三丁目三二二七番一所在の東池袋中央公園内に設置された原判決の別紙物件目録(一)記載の記念碑を撤去しないことは、同被控訴人に同公園の管理を怠った違法があることを確認する。

(二)(1) 主位的請求

被控訴人東京都豊島区長は、右記念碑を撤去しない限り、右公園の維持管理費を支出してはならない。

(2) 予備的請求

被控訴人東京都豊島区長は、右公園北西部分の原判決の別紙物件目録(二)記載の土地上にある遺跡に維持管理費を支出してはならない。

(三) 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人東京都豊島区長の負担とする。

3  被控訴人日比寛道に対する請求

(一) 被控訴人日比寛道は、東京都豊島区に対し、金一八〇万二五五〇円及び内金七七万二五五〇円に対する昭和五六年四月一日から、内金一〇三万円に対する昭和五七年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人日比寛道は、東京都豊島区に対し、金一〇三万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人日比寛道の負担とする。

(四) 仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示「第二 当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一三枚目表三行目の冒頭から六行目の末尾までを次のとおり訂正する。

「前記のとおり、被控訴人豊島区長による本件記念碑及び本件施設の設置及び維持管理は、昭和三九年六月にされた財団法人日本遺族会外七団体による前記陳情と同じ意図ないし目的、すなわち、A級戦犯が戦争犯罪人として処刑された事実をもって『戦争による悲劇』ととらえ、戦勝国の不当な裁判により処刑された戦犯の慰霊ないし顕彰をする意図ないし目的でされているものであり、戦争犯罪人を美化し、戦争犠牲者又は殉難者として後世の国民に印象づけ、国民を鼓舞して日本を再び侵略戦争に駆り立てようとする目的と効果を持つものである。したがって、このような目的と効果を有する被控訴人豊島区長による本件記念碑及び本件施設の設置及び維持管理は、右の憲法前文第一段の趣旨、憲法の根本原理である平和主義に違反するものというべきである。」

二  同一三枚目裏四行目の「公権力」を「公権力を行使する立場にある者」に、一〇行目の「公権力たる」を「公権力を行使する立場にある」に改める。

三  同三二枚目表八行目の次に、改行して次のとおり加える。

「(3) 仮に、昭和五七年四月一日から同五八年三月三一日までの維持管理費一〇三万円の支出についての右監査請求が、地方自治法二四二条二項本文所定の期間を徒過したものであるとしても、普通地方公共団体においては、決算書は翌年度の秋以降にならないと作成されないため、それ以前に住民が本件公園の維持管理費として支出された金額を知ることはできないから、右監査請求については、同項但し書所定の『正当な理由』があるものというべきである。」

四  同四〇枚目表一〇行目の次に、改行して次のとおり加える。

「さらに、住民監査請求においては、監査対象行為を他の事項から区別して特定認識できるように、個別的、具体的に摘示することを要するものであり、監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の記載等により監査請求の対象が具体的に摘示されていなときには、当該監査請求は不適法と解すべきである(最高裁平成二年六月五日第三小法廷判決・民集四四巻四号七一九頁参照)。控訴人らがした右監査請求は、個別具体的な財務会計上の行為を特定していないのであるから、不適法なものというべきである(控訴人らは、本訴提起後においても、個別具体的な財務会計上の行為の特定をしていない。)。」

五  同四五枚目裏八行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、仮に、右陳情の意図ないし目的が戦犯の慰霊、顕彰をすることにあったとしても、右閣議了解においては、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存することのみが了解されたものであり、右陳情の意図ないし目的までもが右閣議了解の内容とされたものではない。」

六  同四六枚目表末行の「いわゆる三省合意案」の次に「以下「三省合意案」という。」を加える。

七  同四八枚目表一行目の冒頭から七行目の末尾までを次のとおり改める。

「したがって、仮に、前記の財団法人日本遺族会外七団体による陳情の意図ないし目的が戦犯の慰霊、顕彰をすることにあったとしても、右の意図ないし目的は、前記閣議了解をめぐる国の決定(三省合意案)及び永久平和を願う立場から碑文に平和を祈念する表現を盛り込むこととした右豊島区の決定によって、二重に遮断されているというべきである。本件記念碑は、永久平和の願いを込めて設置されたものであり、碑文の内容も歴史的な事実を表示したにすぎず、控訴人らの主張するような戦犯の慰霊・顕彰、戦争犯罪人の美化を目的とするものではないから、憲法の基本理念である平和主義に反するものではなく、また、都市公園法の公園施設としても適法なものである。」

第三  証拠関係<省略>

理由

一当裁判所も、当審における証拠調べの結果を考慮しても、控訴人ら(控訴人山家和子を除く。)の請求のうち、被控訴人豊島区長に対する前記第一の一の2(二)(1)の主位的請求(本件公園の維持管理費の支出の差止め請求)及び同(2)の予備的請求(本件公園北西部分の原判決の別紙物件目録(二)記載の土地上にある遺跡の維持管理費の支出の差止め請求)並びに被控訴人日比寛道に対する前記第一の一の3(一)の損害賠償請求は、いずれも理由がなく棄却すべきものであり、その余の請求に係る訴えは不適法であり却下すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五〇枚目裏二行目の次に、改行して次のとおり加える。

「また、使用貸借による権利は、地方自治法二三八条一項四号にいう『地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利』に該当せず、同法二四二条一項にいう『財産』に含まれないと解するのが相当である(最高裁平成二年一〇月二五日第一小法廷判決・裁判集民事一六一号五一頁)。」

2  同五〇枚目裏七行目の「本件使用借権」から八行目の「該当するとしても」までを、「本件使用借権は、地方自治法二四二条一項にいう『財産』に含まれないと解するのが相当であり、また、」に改め、一〇行目の「本件使用借権ないし」を削り、同五一枚目表一行目の「右使用借権等」を「本件公園」に改め、同六行目の冒頭から同裏九行目の末尾までを削る。

3  同五三枚目裏一〇行目の冒頭から五四枚目表一行目の末尾までを削る。

4  同五五枚目表六行目の「有するものであるから」を「有するものであり、戦犯の慰霊・顕彰をするためのものであるから」に改める。

5  同五六枚目表四行目から五行目にかけての「検証の結果及び弁論の全趣旨によれば」を「本件全証拠によっても」に改める。

6  同五七枚目裏六行目の冒頭から五九枚目表二行目の末尾までを次のとおり改める。

「控訴人らは、本件記念碑の碑文中の『戦争による悲劇』とは、A級戦犯が戦争犯罪人として処刑された事実を指すものであり、右碑文には、戦犯を慰霊・顕彰し、この種の悲劇を再び繰り返さない旨の決意及び右悲劇を後世に伝えることが本件記念碑を設置した思想として表現されている旨主張する(請求原因2(二))。

<書証番号略>によれば、以下の事実が認められる。

本件記念碑の設置は、財団法人日本遺族会外七団体の陳情を受けて、政府が、昭和三九年七月三日、『東京拘置所の移転の暁は、同所の西北隅にある戦犯刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する措置を講ずるものとすること』との閣議了解をしたことに端を発するものであるが、右閣議了解においては、その具体的な保存方策、維持管理等については定められなかった。

その後、法務省は、豊島区側から右刑場跡地の保存方法について意見を求められた際に、右閣議了解にいう『戦争裁判の遺跡として保存する』との趣旨は、我が国が戦争裁判を受諾し、戦争裁判が行われ、拘禁あるいは刑の執行が行われたとの過去における歴史的事実だけを、何らかの方法(例えば遺跡の説明文)で明らかにすれば足りるものであるとの見解の下に、大蔵省、建設省の了承を得た上で、同区に対し、右説明文の参考として、碑文の表には『戦争裁判の遺跡』と記し、裏には『第二次世界大戦後極東国際軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑がこの地で執行された。』と記すという案(三省合意案)を示した。

豊島区においては、本件刑場跡地の保存方法、本件記念碑の設置に関し区議会で種々の論議がされ、これを踏まえて、当時の豊島区長被控訴人日比寛道が法務省に赴き、同省の担当者に対し、豊島区側としては、単に『戦争裁判の遺跡』の碑とする右三省合意案では承知できず、本件刑場跡地に設置される碑は、平和を祈念する碑でなくてはならないので、この意を汲んでほしい、永久の平和を願う戦争裁判の碑としたい旨の意向を表明し、この点に関し、同省等の了承を得た。

豊島区は、右の経緯で、本件記念碑の碑文を決定し、その表面に『永久平和を願って』と記し、裏面に『第二次世界大戦後、東京市谷において極東国際軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された。』との記載の次に、『戦争による悲劇を再びくりかえさないため、この地を前述の遺跡とし、この碑を建立する。』と記すこととした。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

右の事実、とりわけ碑文決定に至る経緯及びその文言等に照らせば、本件記念碑の碑文中の『戦争による悲劇』との表現が、A級戦犯が戦争犯罪人として処刑された事実を指すものであり、そこに戦犯を慰霊、顕彰する等の控訴人ら主張の思想が現れているものとは認められず、むしろ、右表現は、広く第二次世界大戦及びこれに先行する戦争によって戦争当事国及びアジア諸国等の多くの人々が被った人命の犠牲をはじめとする莫大な人的、物的な被害を意味するものと解するのが相当であり、また、そう解することが右碑文の作成者の意図にもそうものというべきである。したがって、控訴人らの前記主張は、採用することができない。」

7  同六一枚目表末行から同裏一行目にかけての「当事者間に争いがない」を「前記のとおりである」に、六二枚目表七行目の「原本の存在、成立ともに争いのない」を「前掲」に、同裏一行目から二行目にかけての「前掲<書証番号略>」を「前掲<書証番号略>」に、それぞれ改め、同裏九行目の「豊島区」から六三枚目表末行の末尾までを次のとおり改める。

「前記のとおり、豊島区においては、本件刑場跡地の保存方法、本件記念碑の設置に関し区議会で種々の論議がされ、これを踏まえて、豊島区側は、法務省側に対し、単に『戦争裁判の遺跡』の碑とする三省合意案では承知できず、本件刑場跡地に設置される碑は、永久の平和を願う戦争裁判の碑としたい旨の意向を表明し、この点に関し、同省等の了承を得た上で本件記念碑の前記碑文を決定したこと、右碑文には戦犯を戦争の犠牲者として美化し、その慰霊・顕彰をする趣旨の表現はなく、戦争裁判が行われ、本件刑場跡地でその刑の執行が行われたとの歴史的事実と永久平和への願いが記されているにすぎないこと、本件記念碑には小祠等の戦犯を慰霊・顕彰するための施設を伴っていないことなどからすれば、本件記念碑及び本件施設の設置の意図ないし目的が、前記諸団体の請願、陳情等の運動の意図ないし目的、すなわち、戦犯を慰霊・顕彰する意図ないし目的を継承するものであったとの控訴人ら主張の事実は、認められないものというべきである(これを認めるに足りる証拠はない。)。」

8  同七五枚目表八行目の次に、改行して次のとおり加える。

「また、控訴人らは、仮に、昭和五七年四月一日から同五八年三月三一日までの維持管理費一〇三万円の支出についての右監査請求が、地方自治法二四二条二項本文所定の期間を徒過したものであるとしても、普通地方公共団体においては、決算書は翌年度の秋以降にならないと作成されないため、それ以前に住民が本件公園の維持管理費として支出された金額を知ることはできないから、右監査請求については、同項但し書所定の『正当な理由』があるものというべきであると主張する。しかしながら、本件公園の維持管理費としての右支出は秘密裡に行われたものではなく(これを認めるに足りる証拠はない。)、本件公園の維持管理費として前年度と同様の支出がされることは容易に推測し得るところであるから、右監査請求が本件公園の維持管理費としての右支出のあった日から一年を経過した後にされたことについて、右『正当な理由』があると認めることはできない。」

9  同七五枚目表末行の「右両日中に」から同裏五行目の末尾までを、次のとおり改める。

「控訴人らは、本件施設の維持管理費としての右両日における右支出を、他の支出(右期間中の右両日以外のもの)と区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示した監査請求をしていないのであるから、右のとおり、右期間中の右両日以外の本件施設の維持管理費としての支出が出訴期間を徒過した不適法なものとされる本件においては、右監査請求は、請求の特定を欠くものとして不適法というべきである。

したがって、控訴人らの右訴えは、適法な監査請求の前置を欠き、不適法なものといわざるを得ない(なお、仮に、右訴えが適法であるとしても、本件施設の維持管理に控訴人らの主張するような違憲ないし違法がないことは前記のとおりであるから、控訴人らの右訴えに係る請求が理由がないことは明らかである。)。」

二本件記録によれば、控訴人山家和子は平成五年八月一〇日死亡したことが明らかである。地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟は、原告が死亡した場合においては、その訴訟を承継するに由なく、当然に終了するものと解すべきである(最高裁昭和五五年二月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一二九号二〇九頁)から、本件訴訟中同控訴人の請求に関する部分は、その死亡により終了したものというべきである。

三よって、前記のとおり、控訴人山家和子を除くその余の控訴人らの本訴各請求を棄却ないし却下すべきものとした原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人山家和子の請求に関する部分については訴訟終了宣言をすることとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官武田正彦 裁判官高橋利文)

別紙当事者目録

控訴人 山家和子

控訴人 上田マリ

控訴人 松岡英夫

控訴人 社本冨美子

控訴人 矢澤保

控訴人 永嶋正夫

控訴人 江森仁保栄

控訴人 金子文子

控訴人 毛塚德雄

控訴人 能勢恒伴

控訴人 吉井忠

控訴人 福山秀夫

控訴人 三上満

控訴人 松島晃良

控訴人 相馬昭恵

控訴人 渡辺アイ

控訴人 上野キミ

控訴人 嶋田紀子

控訴人 廣木行雄

控訴人 青山日出男

控訴人 作田信義

右二一名訴訟代理人弁護士 鈴木修

同 佐々木芳男

同 宮内康浩

同 西嶋勝彦

同 椎名麻紗枝

同 守川幸男

同 後藤富士子

同 森和雄

同 川崎浩二

被控訴人 東京都豊島区長

加藤一敏

右指定代理人 内山忠明

同 河合由紀男

同 吉川彰宏

同 小井手文雄

被控訴人 日比寛道

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 石葉光信

同 田中愼一郎

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